会田誠『「色ざんげ」が書けなくて(その四&その五)』
「オナニーとはセックスの前段階にある代替品ではなく、独立した価値を持つ人生の目的そのもの」と言う、天才美術家・会田誠が考える「性」のあれこれ。
「オナニー」については愛溢れる言葉を尽くし、「セックス」については、おそるおそる言葉を選ぶ。 それは、「あんなクレイジーなこと赤の他人とできるわけない」と考えていたハイティーンの頃の気持ちが抜けきれないから――。
オナニー方法と妄想の遍歴、セックスに対していまなお抱く違和感、そして会田作品における性の意味まで赤裸々に開陳。
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「色ざんげ」が書けなくて(その四)
性全般について思うところを漫然と書き連ねているわけですが、「オナニー」のところで足踏みしてしまって、なかなか本丸である「セックス」のところまで攻め込めません。自分の心の闇を感じないでもないですが……あと少しだけ続けさせてください。
とにかく僕は、覚え始めたばかりの頃のオナニーが自分にもたらしたビジョンの完璧性に、生涯囚われ続けているようです。男性性/女性性という二項対立がなく、すべてが溶け合って渾然一体となった世界。何の過不足もなく、百パーセント充足した世界。その完全なる平穏は、個人のイマジネーションの中においてはニルバーナであり、千年王国であります。
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